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「蔵! 鏡だ。鏡を守ってくれ!」
嶋は必死に鏡に覆いかぶさりながら、蔵元に向かって叫んだ。地鳴りと共に窓ガラスが割れ、箪笥も倒れてくる。たいして広い部屋ではないにもかかわらず蔵元が嶋の元へ辿り着くのは容易ではなかった。
前に行こうとしても激しい揺れのため足元が覚束無い。壁にみるみる亀裂が入り、破片が容赦なく嶋や蔵元に落下してゆく。
どれほど経ったのか、漸く揺れが収まりはじめた。
部屋の中は散々たる状態になっている。
「嶋ちゃん!大丈夫か!」
「ああ・・・・」
「鏡は!?」
「・・・・・大丈夫だ・・・」
立ち上がった嶋の背中からは崩れ落ちた壁の破片や、壊れ飛び散った家具の残骸が滑り落ちたが古代鏡は無事であった。
「蔵!雪村が…雪村幸男は生きているぞ!」
「えっ!?」
「青い稲妻と名のるハイジャックも、雪村の仕業だ!」
「何だって!」
蔵元の驚愕の声が響く。
嶋は窓際に歩み、怒りの感情を顕に地震によって破壊された街並みを見つめた。
と、突然嶋の脳裏を圧迫するような声が占領した。その声は重く、それでいて透き通るような響きがあった。
ワレ…サ…オ…トモ…共に…タタ…
夢の中で聞いた声であった。
初めて聞く声だった…いや音のようにも聞こえた。その音色には、心に盤石の重しをのせるような堂々たる響きがあった。それでいて、初めてなのに、どこか懐かしく、まるでずっとどこかで聴いてきた声のようでもあった。
明らかに理解できたのは「トモ…」「共に」という部分だけだった。ただ、何か云いようのない強い意志というか、力の存在が自分の中に宿ったような気がした。それが”共にある”という安心感が嶋を包みこんでいるような気がした。
「嶋ちゃん!鏡から光が!!」
蔵元が驚愕の声を上げ、嶋は我に返った。
見ると、崩れ落ちた壁に立て掛けられた古代鏡の鏡面が揺らぎ、その鏡面から発せられた色とりどりの光の束が、部屋全体を覆わんばかりに広がりつつあった。そしてそれは、部屋の四隅まで広がり切ると、一気に傘を折り畳むように鋭い光の矢となって嶋の体を貫いた。
「何だ今のは!」
蔵元が、嶋と古代鏡を交互に見ながら言った。
まるで、後光が指すかのように嶋の体は柔らかい光に包まれていた。そして心臓の鼓動のように脈打ち始めた。
ドックン、ドックン、ドックン…
鼓動に合わせて、光は波紋を広げたり、縮めたりした。それにあわせて、部屋全体の色も大きく変わる。蔵元は唖然としていた。ただ、その光の中に例えようもない力と安心感を感じて立ち尽くしていた。
ドッ…ク…ン、ドッ…クク…ン…
次第にその鼓動の間隔が狭まり、ふっと消えた。
明らかに、自分の中に何かが入り込んだ気がしていた。先ほど感じた強い意志と、それが共にあるという安心感…。それが今、もう一つの形を作り出していた。
何か変わったというわけではない。嶋を見つめる蔵元の目にも別段嶋の肉体に変化が見られたわけではなかった。だが、それでも、明らかにそこにいる嶋にはいつにない力強さを感じていた。
それはかつて、レーサーとして己の技量のみを信じ、傲岸不遜と言われはしたが、己に絶対の自信を持っていた頃の嶋、全身から勝つことへの執念と闘志をみなぎらせた嶋を彷彿とさせていた。
つづく
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